花咲く里

著作者:綾瀬   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
修業の旅をしている不良法師俊征(しゅんせい)は、ある村の隅にある桜の木の下で、不思議な少女、花風(はなかぜ)と出会う。
花咲く里
小鳥のさえずりが聞こえる。
暖かな陽気に眠気を誘われ、俊征はあくびをかみころした。
(少し休んでいくか・・・・)
そう思い、通りかかった村の隅にある桜の木の根本に腰を下ろす。
花びらが舞う。
それを眺めつつ横になり、すでに重たい瞼を閉じた。 




どのくらい眠っていたのだろう。俊征は頬にフワフワとした物が触れるのを感じ、のろのろと目を開ける。そこに、
「・・・・っおわ!」
見知らぬ少女の顔が目の前にあり、驚いて飛び起きた。
意味もなく慌てふためいている俊征の様子に、少女はおかしそうに笑った。
その少女はとても整った顔立ちをしていた。
瞳は大きく、鼻はすっきりと高い。唇は自然ない色づきで、ほんのりと赤く染まっている。
膝上までしかない丈の短い真っ白な衣をまとい、ゆるやかにうねった黒髪は背中あたりまでの長さだ。
その髪は、少女が動くたびにフワフワとゆれる。
「・・・誰だ、あんた」
覚醒しきっていない頭を抱えつつ、少女に問いかけた。
「あたし?」と可愛らしく首をかしげる仕草が、また絵になる。
「あたしは花風っていうの。・・・ねえ、お坊様、」
「法師だ」
「同じじゃない。
 ・・・・桜がなぜ赤いか知ってる?」
唐突に問われて、
「死体が根本に埋まってるからだろ」
と、適当に答えた。
すると花風と名乗った少女は「違うわよ」、と唇をとがらせた。
「桜が赤いのはね、人間に恋したからなの」
そう言いながら花風は俊征の隣に腰を下ろす。
俊征は、密かにため息を漏らした。
どうやら少々、長い話しになりそうだ。

 



『桜の木』は、いつも村を眺めていた。
いつも独りで、季節の流れを、木の上から見ていた。もう数百年のあいだ、ずっとそうしていた。
樹木の横を、村人はすれ違う。春に花が咲けば、人々は花を眺め、時には弁当を広げる者もいた。
『桜の木』はそんな彼らの傍らに、いつも立っていた。
しかし、気付く者はいなかった。
ある日、いつものように花を眺める者があった。精悍な顔つきをした青年だった。
その青年の眺め方を、ふと、『桜の木』は不思議に思った。先程から、一点ばかりを凝視している。
そしてその目線の先が、自分に向けられていることに気が付いた。
(・・・まさか)
「あなた、私が、見えるの?」
おそるおそる問いかけると、青年は顔をほころばせた。そしてうなずく。
「ああ、幻ではなかったんだな」


青年の名は、伸太(しんた)と言った。
伸太はその日から、毎日のように訪れ、『桜の木』と言葉を交わしていった。
「ねえ、君の名は、なんて言うの」
「名前なんて、ないわ。私は木だもの」
「そうか。それなら、俺がつけてもいい?」
(・・・名?私に名をくれるの?)
『名』というものを持ったことのない『桜の木』は、嬉しくて、くすぐったい気分になり、うつむきがちにうなずいた。
そんな『桜の木』の様子に微笑み、「そうだな」と首をひねった。
しばらく考えるそぶりを見せた後、よし、と膝を打ち、『桜の木』を見つめた。
「じゃあ君はこれから『  』だ」
「それが、私の名?」
「そう、」
「・・・・嬉しい。・・・あ、りがとう」
『桜の木』がぎこちなく礼をのべると、伸太は微笑んで『桜の木』を抱き寄せ、口付けた。
突線のことに『桜の木』は一瞬身を固くしたが、ゆっくりと伸太に身を預けた。
耳元で伸太が今付けたばかりの名をささやく。それが嬉しくて、『桜の木』も微笑んだ。
こうして『桜の木』は、己の名を持った。


『桜の木』は、今までにない幸福感で満たされていた。
幾度となく見てきた季節も、景色も、輝いて見えた。
同じ物を見、聞いて、二人で笑った。
しかし、その日、伸太はいつになく重い空気を漂わせて『桜の木』のもとを訪れた。
「どうしたの」
不審に思い問いかけると、いきなり強い力で抱きすくめられた。思わず痛みにあえぐ。
しかし伸太は力を緩めなかった。そして、
「城から、おふれがきた」
うめくような声で呟いた。悪い予感が頭をかすめた。
「戦が、ある」
予感は的中した。してしまった。
「いく・・さ・・・」
「俺はそれに、加わらなければならない。俺は・・・・・死にたくない」
体が震えている。『桜の木』は、そっと腕を伸太の背中に回した。
「親父も、お袋も、戦で死んだんだ・・・。俺は死にたくない!!」
「死なないで」
『桜の木』も腕に回した腕に力をこめた。
「死なないで」
万感の想いを込めて、そう願った。 
冬が訪れようとしていた。

数日後、伸太を含めた十数名の男たちが出かけていった。
『桜の木』は、枝の上からそれを眺めていた。
   




「冬が終わりに近づいて、花の蕾が膨らみ始めても、その人は戻ってこなかった。
 『桜の木』は、枝の上でずっとその人を待っていたの。
 ある日・・・、その年初めての桜が咲いた日、その人はやっと戻ってきた。でもね、怪我を負っていて、重傷だった。
 そして桜を見て、眠りについたの。深い、深い、ね。愛しい『桜の木』の腕の中で・・・。
 どう?」
語り終えたらしい花風は、俊征を振り仰いだ。
「やっぱ、死体が埋まってんじゃねーのか」
やれやれ、と息をつく俊征を見て、花風は「バカね」と」呟いた。
「もっと他に感想はないの」
「無粋なもんでね。もう終わりですか、桜の姫君」
そう言いながら立ち上がる俊征に、花風は目を見張った。
「いつから気づいてたの?」
「最初からだよ。・・・なんで俺にその話をしたんだ」
「あなたが、私のことが見えたから。それに・・・」
言葉を切って花風は、真摯な瞳をして俊征を見つめた。
「伸太に、似てるの」
「・・・・・そうかい。でも俺は伸太じゃないぜ」
俊征は花風に背を向けた。
「じゃあな、」
そして歩き始める。
「伸太!」
花風の叫ぶ声が聞こえた。
(伸太じゃないって言っただろうが)
舌打ちをしつつ、仕方なく花風の方を振り返った。花風は、すがるようにこちらを見つめている。
(あ〜あ)
ため息が漏れる。
「俺は俊征だ、花風。・・・・またな」
今度こそ、と背を向け、再び歩き出した。
(ま、気が向いたらよってやるか)
そんなことを思いながら・・・・・。



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