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第二の故郷
1975年、東ドイツに、ある日仕事もなく、ぶらぶらしていると、{仕事があるけど、出張なんだ}{,場所はどこですか}{東ドイツだ、旅費は,会社出してくれるそうだ、}{じゃ行くよ}あまり深く考えてなかったので、小遣いを3万円、地下足袋を2足、下着を少し,作業服を2着,羽田を出発、あまり遠くに行く感覚がなく,飛行機に乗りこみ、飛行機の中では、ウイスキーが免税で飲めると聞いていましたので、アンカレッチまでのんびりと、ウイスキーを飲み、ウイスキーを頼みますと、椅子の肩の部分に,まち針をスチワーデス方が刺して行きます、私は、何倍飲んだか分かるように、自分の肩に有るまち針を,前の席の肩に差し替えました、しばらくのんで、お金の精算をしてもらうと、大変安いのに、ビックリしました、後で考えると、前の席の方が、私の飲んだ分お金を払った事に、アンカレッチからパリまで,パリからスエーデンから、東ベルリン、バスでルーラーシュタットビッテンベルグ、宿泊所はプレハブ住宅,連結したような,ハウス、聞くところによると,南極のハウスと同じ物だと、いっておぁw)閧ワした。住ついた町、ルーターシュタット、ビテンベルグ、駅前の三階建てのアパートは、機関銃で撃れ、斜めに銃弾の跡、やはり東は、違う,戦争の傷跡が生々しく残っております。道路挟んで前に,レストラン,マキシムゴーリキの前に、バス亭があり、そのバスに乗り10分ほどで、住み着く、キャンプがあります、この町には、教会、スーパーマーケット、映画館、画廊、ホテル、インターナショナルショップ、近くには、エルベにごった川です、
{インターナショナルショップとは、西の国のお金でないと使えません、東ドイツのお金自国のお金が、使えないとは、少し驚きました。そのころ円は使え円でした、まだ、認められて、いませんでした、国際敵に、ランクが、低かったのだと、思います}
この町には、ロシアの兵隊さんのキャンプがあります、一万人もいます,町の人々は東北の人のような、感じ、優しい、人なっこそうな、イメージです。
ここから、私の生活が始まります、私の周りの、メンバーを紹介いたします、竹さん。徳さん。和おさん。三さん。北さん。小沢さん。と私です、キャンプには、私たちより先に来た、メンバーが100人ほど降り、食堂に、おばさん、おじさんが、おります
これから、沢山の、出来事が、始まります、このメンバーは、私を含め外国で仕事をする、エンジニアではないような、気がします、日本に仕事がない人の集まり,パスポートの職業欄に、エンジニアです。みんなが集まり、する事は、決まって降ります、そうです女の人は降りません、花札、マージャン、将棋、手本引き、お酒を飲む事くらいです、何をしても一週間もしますと、少しずつ、あき、ホームシックに罹り、喧嘩が始まり、関東の人、関西の人が、お居ますので、北さんが、関西のブリキやと、喧嘩になり、大変です、関東の人は、関東のヤクザの知り合いがいると、関西の人は関西のヤクザの、知り合いがいると、想像してください、東映の映画のようです、とにかく、日本に帰ったら、許さないとの、話です、女の人がいないと、男は、大変です、もし地球に、男しかいなければ、喧嘩が、耐えないと思います。この後、男は、どうするか、女の人に会いに行きます、でも、この町には、スナックのような、お店は、ありません、東の国ですから、ホステスは、降りません、私を含め、ここに集まった人は、日本で使い物にならない、メンバーですから、とても、町の女ぁw)フ子をナンパするほど、外国語が話せません、学校で、外国語を勉強した事のない人種です、でも、男はすごいですよ、女の為に、18から50歳の職人が、ドイツ語を勉強し始めます、私も同じです、
私は、中学しか出ていませんので英語がわかりません、中学一年生の時、担任は、英語の教師、私一年の最初の授業で、先生が言いました、英語の、授業を受けたくない人と、、ハイと手を上げ、それ以来、2年間、一度も、質問はありません、テストもありません、今で話すイジメですね、そんな事があり、まったく外国語には縁がありません、そんな私でもドイツ語を勉強し始め、片言の単語を覚え、町に出かけ、そこで、出会った女は、ステフィー、モニカ、ハイデー、場所は、レストランマキシムゴウリキです、土曜日の夜、彼女たちは19歳、自分は26歳、マキシムゴウリキの中は、宴会場のような物がありまして、小さな小学校の体く館のような物です、ここで週に、二度ほどパーテー開かれます、生バンド、おじいさんが、演奏しています、私は、この、バンドに、名前を付けました、パンパカバンドと、イメージ解りますか、ここで、そのバンドに合わせて、ダンスを踊り、日本の、盆踊りと同じ、近所の人が週末に集まり、話をし、ダンスを踊、ジルバは、日本人の方がうまかった、みんなが、集まる、楽しい社交場です、
彼女たちと、付き合い始めてから、一月程たったある日、みんなでデートに誘い、一人では心細く他の町には行けません、みんなで行けば怖くないの。一言です、ダンスを踊り、酒を飲み、話した結果、ベルりンに祭日行く事に、その日夜は、大変に盛り上がった一日でした、その日を栄えに、小学生のように、ベルリンに、行く日を楽しみになりよく眠れない、日々が続きました、
待ちに待った日、みんなで朝早く、ビッテンベルクの駅に集まりました、汽車の時間は、待ち合わせの一時間ほど先です、彼女たちは、駅で朝食を取り、のんびりとしています、日本人とは、少し違う、豊かな、感じがしました、無理をしない豊かさ、ゴウリキの、裏は、林になっています、その林は、掃除をした事がないようです、でもゴミが落ちてません、木の葉だけ、その上を歩くと、ふあふあとし、とても好い感じ、高級感は、金だけでは無いと、強く感じました、彼女達が食事を済ませ、ホームに出ますと時期に、汽車が着きました、けっこう時間は正確、なんと素晴らしい汽車、戦争の映画に出てくる、タイプ、弟が、汽車の写真を、とる事が好きなので、見せてやりたい、写真は撮る事は、できません、空港、駅汽車、橋、などは、だめだと言っており,大変気を使いました、なんせ、シベリア送りになるとの噂でした、
早速乗り込むと、汽車の中は、日本の昔の寝台車のよう、何となく、どこかに行く、タイムスリップ、前に出会ったような感じ、汽車は、ベルリンまで走ります一時間ほど、女の子と楽しく、話たいのですが、言葉が通じません、飲むか、食べるか、{じゃー食堂車に行こう}食堂車が、素晴らしいの、なんのって、本当にシンプル、木のテイブル、木の椅子、{コーヒー下さい}コーヒー頼み、話をし、覚えた単語で、三分、窓から景色を、何もなし、白樺と麦畑、三分のお話と白樺を見て着きました、アレキサンドラプラッ、ベルリンです、すばらしい駅、言葉では、表現できません、みる価値の有る駅です。
駅を出、空を見上げると、透き通るような青空、{余談ですがこの頃は、日本は、光化学スモックで有名な時期です、日本の事、知っておりますかと、訪ねますと、光化学スモックと答えます、知っている日本人の名前一番は、小野洋子、二番坂本九三番天皇陛下、地図を見て日本は何処、中国を指します}さーて、どこに行こうか、{向こう}と彼女たが、指を差し、ベルリンは、彼女たちも初めて、しばらく散歩をしていますと、ボーリング場発見、さそく、行ってみました、日本のボーリング場とまったく同じ、けっこう空いていました、すぐにやる事が出来、彼女たちは、ボーリングが初めてなので、得意げに、教えていますと、隣のカップルの、点数の付け方が、違うのに気づきました、東ドイツの人たちは、まだボウリングをする人は、少ないのだなーと、思い、{この頃は、日本ではボ-リングは下火、10年前がピーク}、彼女たちもボ-リングにあき、{ほかに行こう}{ご飯食べる}表に出ますと、隣にオオタニのような、回るレストラン、建物の形は、北京にあるテレビ棟と同じ形、丸い部分がレストラン、柱の場所が、エレベーターです、レストランに入り食・u梹魔注父J、食事を取る時下を見ますね、周りますので、なんとなく気持ちが悪くなり、みんなで早めに出る事にしました、{回るレベルが少し早いような気持ちが致しました}、表に出ましたら、スッキリ船酔いと同じ、元気になりぷらぷら、すると沢山の人が集まる場所を発見、ベルリンの広場、今日はメーデ、日本では、労働組合の人たちが、みんなで集まり、期性をあげている事を、テレビで見る程度です。
さすが東ドイツ、ミサイル、戦車など、騒音あげて、走ります、ものすごいですよ、楽しく見ていると、隣にいたハイデーが、私に指を刺し、あそこに行こうと、行きますと、そこは牛肉を串に刺し、焼いています、日本のもつ焼きのようです、とても親しみを感じました、{炭火でしたよ}、それを二本買い、二人で食べていますと、{サインして}女の子が背中にネッカチーフを賭け、そばに来て、ネッカチーフに、サインを沢山の人に、私スーパースター名前を日本語で、今でも持っている女がいるかも知れませんね、なぜサインをするのか、解りません、ハイデーに聞こうにも、言葉が、解りません、
楽しい時間過ぎ、もう帰る時間です、私の隣にハイデー帰りは一緒の席です、言葉は要らない感じ,隣にいるだけで、ほっとする、そんな感じ、こんな事を思い座って居ますと、早くビッテンベルク着いてしまいました、タクシーでハイデーの家まで送り、今日は最高思いキャンプに帰宅、青春が二度来た感じ、外国では、心が、オープンなり、本当に青春の再来です、{外国で暮らしますと、新しい自分を発見する}
毎日の、こずかいは、どうしたのと、聞きたくなるでしょう、ここ、東の国です、こずかいは、一月240東マルク、地元の高校卒業の給料です、日本の給料と別にくれます、それには驚きました。西から東には、一般的には、金融ルートがありません、給料が別に出るのだと、思いました、私たちより先に来た、先輩たちは、手紙の中に、お金を日本から、送ってました、送っても着かない事が、結構あると聞き、北さんと私で西ベルリンの銀行に口座を開く事にしました、キャンプに入る100人のこずかいがこの口座から引き落とされます、毎月300万円くらいです、一人3万です、日本のこずかいと、同じ程度だと思います、西ドイツに売店をしている、日本人が、月に一度キャンプに、売りに来ます、たばこ。カップヌーヅル。日本酒、何でも手に入ります{女の子一番人気のあった品物は、パンテーストッキングです}ここで円が沢山必要です西マルクも使えます。
遊びに、なれて来ますと、240Mでは足りません、闇でお金を交換します、日本からお金を送ってもらい、12000円で西マルクの100M交換し、その西100マルクを、東の430マルクと交換します、米ドルでも、交換できます、ドル紙幣は、インゴールド書いてある、紙幣が、好まれます、最近ドルの偽札が、沢山出ていることを、聞きますが、東の人たちは、30年前から、知っていたのですね、ビックリ、日本人甘い。私の給料は、一日1万円でした、残業は1時間2000円月30万、友達に話ますと、けっこう、いい給料でした、
お金は、だれと交換したでしょう、東ドイツの人間ではありません、お金がありません、ポーランドの人です、ポーランドの人たちは、東ドイツに出稼ぎに来ています、私たちと同じに、東ドイツの国から、給料が出ます、240マルクです、それを使わずに、貯めて西ドイツM.米ドルと、交換するんです、それを日本人の我々は、みんな使ってしまうんです、一マルクを持って国に帰る人、無駄にお金を使う人、人生いろいろ
会社では、闇でのお金の交換、町の女の子との付き合い。政治の話は、絶対だめ、見つかると、強制送還と言っており、私は政治の話はしません、他の事は、全部破り、なぜなら、捕まり、強制送還で、日本へ、無料帰れる、とても帰りたかった、ホームシックに掛、会社では、毎月日本に帰りたい人募集します、私は毎月帰りたいと、申し込みをいたしましたが、でも最後まで一年10ヶ月、途中で帰りますと、自分持ち、当時約30万大変お金です、しかたなく、キャンプに残り、闇で金も沢山取り変え、私のおかげで、町のインターナショナルショップが、建て直して、大きくなりました、インターナショナルショップ、販売している、品物。シャープのテレビ、西ドイツのタバコ、パンテーストキング、チョコレート、などいろいろ、全部西の商品です、不思議でしょう、東のお金では、買えません、東の人は、西のお金は貰えません、西には行けません、ベルリンの壁で、わかりますね、
ちなみに、私の小遣い一月25万東マルクで7500マルク30人分の給料です、使った人は、私だけかも知れません、仕事を終えると、毎日、町に出かけます、新潟の山猿ですから、日本では、レストランで食事をした事など有りません、こちらに来てから毎日出かけ、ハイデーに会いに、夜はレストランでの食事、シャンパンの飲み方、知ってますか、私が開発しました、日本人は、みんな、このように飲んでると、言っておきました、シャンパングラスにシャンパンを注ぎ、小指でかき混ぜる、クルクルと、炭酸が抜け、飲みやすくなります、ドイツで流行っていると言って、やってみては、いかが、
みんな別々に、デートをするようになりました、{ハイデー何処かに行こう}{ライプツヒ}ライプッヒは、毛皮の取引をする町、見本市も有り、日本の企業の品物も、展示され、幕張メッセの小さなタイプ、{土曜,朝何時}{9時に駅で朝飯}{OK}
今日は土曜日朝は寒い、約束の時間は9時、もう行かなくては、バスで駅まで、ハイデーは、来ていました、旅行が好きなのか、駅の朝ご飯よいのか、解りませんが、にこにこしていました、{おはよう}食堂に入り、俺は、コーヒー,パン、ハム、頼み。食べて居ますと、{靴買って}{いいよ}今日は靴を買いに、ライプツヒに、{この時期何か強請られると、とてもうれしく感じました、何でも}汽車来ました、いつもと同じ素晴らしい汽車、今日は、ベルリンとは、逆方向です。食堂車にまっすぐ、景色は麦畑と白樺です、一時間ほどで、着きました、駅は、大きな屋根に沢山の汽車、ここから外国に行けます、駅の形は、駅には入り、出て行く形です、通過するわけでは有りません、本当に大きな駅です
汽車を降り改札口へ、外には、宝くじ売り場があり、スピードクジ一枚1M、{町でビールが酒屋さんでコーラーと約同じ大きさの3本分}5枚ほど買い、8Mになり、今日はついている話し、町にハイデーの靴を買いに、女の人は世界一緒、靴を一足買うのに、デパートを何軒もはしご、いい加減にしろと言いたかった、我慢しました、やっと見つけた、赤い靴、どうして赤、聞くと、黄色い洋服に似合うと言っておりました。
今日は、泊りです、ホテルを探しに、駅に戻り、駅前のホテルアストリアに予約、やっと、食事が出来ます、なんとなく、うなぎ食べたくなり、うなぎの絵を描いて、頼みました、まいりました、まずいの、なんのって、大きなうなぎ、一匹、ホワイトソースで煮てあります、解りやすいように、大きく、うなぎの絵を書きました、だから大きなうなぎが、来たのです、本当は、小さなうなぎ食べたかった、なんせ、まだ未熟者、うなぎを見ながら、ワインを飲み、ワイン追加をする時、回りのボーイさんが、こちらを見てない事を、ハイデーと確認し、手を上げて人指し指を曲げますと、すっとそばに来て、注文を取ります、さすがプロです。
食事を,すまし、表に出ようとした時、歌手のモニカが、戦車のような、大きな車から、降りてきました、{車の雰囲気は、厚い鉄で、出来ているような、黒い大きな車です}日本に来た事があると言ってました、{へー日本に来たことあるんだ}これから、ウインドショップ出かけます、素晴らしい沢山の毛皮のコートが見られます、二人で、これを楽しみに、この町来ました、高くて買えません,見るだけです、西のように、沢山お店が、並んで,いるわけでもありません、ビルに大きなウインドウが一個、その中に、素晴らしいコートが飾ってあります、ミンクのコートが沢山並んでいて、何でも買ってやるよ入ったら、白の地に黒い点が沢山あるコート、これが素敵、見ますと、ゼロが沢山いくらか解りません、二人でゼロを数えてビックリ、1000万以上します、ジャーこれにしよう、後で買いに来よう、といいホテルへ、後で買いに来ようと、言った事は、ジョークですよ、
ホテルへ着き、ロビーでコーヒー飲み夜景を見ています、昔の東京駅前の雰囲気、前の席の、ハイデーを紹介します、背の高さ、163cm髪の毛栗毛、目ブルー、足の毛ちくちくします、結構おしゃれ、美人です、金髪ではありません、おでこに、小さな十字架、変な感じはしません、鼻にピアスをつけるよりも、素敵です、とてもシャンです、こんな可愛い子と、時が来て会えなくなると思うと、とても寂しい、そんな事を思い、ホテルの、バーに移動、お店は、カウンターバー、10人ほど、席があり、お客は、誰もおりません、バーテンさんは、60歳ころ、少し太り目、しゃれた人、笑顔で向かえてくれました、 アストリアは、国際ホテル、外人がよく泊まるホテル、この町は西側の人が沢山くる町、バーテンも一流、、ハイデーはカクテル、私は、ウイスキーのお湯割り頼みました、{どこか愚賄が悪いの}、とハイデーに聞かれた、この頃は、日本で、ウイスキーのお湯割りが流行っており、ドイツでは、風邪の時飲む、卵酒と同じ、バーテンさんは、バーの隅に立ち、私たちの時間を大切にと思う感じでした、一流は違う、結構飲み、もう寝よう、バーを出、部屋へ、ベットが・u椏台cHれいは部屋、冷蔵庫一台、のどがかわいたので、冷蔵庫を開けると、炭酸水です、{ミネラルウオーターは、有料です}これを一気に飲み咽がじーんと、今日は、酒も飲み過ぎ、初めての町です疲れました、
{ハイデー寝るよ}、みんな脱ぎ捨てて、パンツ一枚、綺麗なシーツ気持ちがいい、{お休み}ぐすり、5時に目が覚めた、隣にハイデーが、どうしたと聞くと、キャキャして、8時まで二人で、ベットの中、シャワーも二人一緒、そんな時ありますよね、女の人、便所も一緒に来たがる時期、チェクアウトして朝飯、バイキング方式、好きな物を取って食べます、バイキングと、ちょっと違うかな、食べて終わりましたら、ボーイさんを呼び、申告します、ミルクが一杯、ジュース一杯、パンが二枚などと、その場でお金を払います、美味しく食べ、くつろぎました。
帰りの時間は午後3時頃にします、それまで、この町を見学、商店が並んでいる、建物が有り、ウインドショップ、楽しんでいますと、お店の裏は、公園の用でした、周りはビルです、四角いビリの真ん中に公園があるとゆう感じ、公園をビルで囲んでいる、感じです、中に入りぶらぶら、沢山人が並んでいます、なにかなと思い、先を見に行きますと、ソフトクリーム屋さん、ソフトクリームを買うのに、30分、私には、考えられません、ハイデーが食べたいと、日本では、金やから、買ってこいです、断れませんので並びました、45分、日本では、考えらない、私は、先見の目があった、レデーファスト実行、45分掛けて買ったソフトクリームは、美味しい,食べながらぶらぶら、先の方に小さな馬、馬車に何か積んでます、ビールの樽、おじいさんがお店番、一杯頼み、飲みながら公園探索、カフェの前を歩き、ガラス越しに中を、たばこを、指に挟み天に真すぐ,オシャレ、女の人がタバコを吸うときには、あれがいい、この頃まだ日本では、女の人があまりタバコを吸わない好い時代、くわえタバコで、チャリンコで通勤、最近当たり前、もう、帰る時間です、コラー・u梍モ「、駅までぶらぶら、コラーは、ペプシでした、駅に着き切符を買い{ハイデートイレに行って来る}
トイレの前には、おばーさん座り、入る前に、ティシュを、渡されました、そのとき10ペニ払い、トイレを出ましたら、おばーさんが掃除入り、 とても綺麗なトイレです、トイレの横に待合い室、待合い室にハイデーが居て{こっち}てを降って今した、とても暖房の効いた暖かい部屋、とても寒い国ですから椅子は木です、 帰る汽車が着きました、{ハイデ行こう}汽車に乗り込み、疲れて、うとうと、すぐにビツテンベルク着き、帰りのタクシー中で{ハイデー今度は何処に}{ステフェーの家}{何か持っていこうか}{カップヌーヅル} カップヌーヅルは、とても人気があり、前にハイデーに、{俺は金はないけど、 カップヌーヅルは、食べさせてあげるよ}{カップヌーヅル有れば日本に行く}ハイデーは、日本には来られません、国交がありません、来るには、ベルリンの壁を越えなければなりません、悲しい話です、家まで送り届け、キャンプに帰宅、こんどは、ステフェーの家に行こう
ステフェーの家は、とても貧しい家です、日本では、八畳一間、表にトイレ、水道も表です、共同です、この小さな部屋でパーテー、それぞれ、おみ上げを持参、私は。パンテーストキング、彼女たちが、とてもほしいと、竹さんはカップヌーヅルそれも2箱。ちなみに私は3ダース、徳さんは、ワイン、ビール、日本酒,北さんはハム、ソーセージ、チョコレート、彼女達は、ポテトサラダ、パーテーといっても、小さなテーブルで7人で飲み会、ワインをグラスにつぎ乾杯グラスは、ワイングラスでは有りません、不揃いのグラスです、あまり貧しさは、感じません、彼女達が作ったポテトサラダ、何となく日本人と味覚が違うのかなと思った、{ポテトサラダ美味しいね}{美味しいでしょ私造った}ステフェーが話した、{みんなで造ったよ}{あそう}美味しいので、みんなで自慢、ステフェーが料理出来るから、竹さんの所にお嫁さんに行けると話した、この頃日本では女の人が、あまり仕事をしておりませんでした、{日本のお嫁さんは仕事には行かず、旦那さんの帰りを、食事を作り待っていると、話したことがありました}、東ドイツでは、女の人も働いていました、彼宗w)cXちは、そんな日本に行きたいと、話し、{いつになったら、日本にお嫁さんに来られるの}{GNPが西ドイツと一緒になったら、ベルリンの壁が無くなるよ}{もうすぐだね}この話をすると、なんとなく暗い雰囲気になり{日本酒でも飲もう}{それは何ですか}{こっれを飲むと、体が小さくなます、ポケットに入れて、みんなを日本に}彼女達は泣き出してしまいました、俺はジョークを話したつもりでした、自分の馬鹿さに、情けなくなりました、{みんな酒でも飲もう}いつもワイン、ビールを飲んでいますと、お酒が、甘くとても美味しく感じます、みんなで、いろいろな、夢を話し、夜遅くまで飲み明かしました、
{知っておりますか、秘密警察の事、東の国には、秘密警察が居るとの,うあさでした、ですから、二人でこの国を出ようとか、政治がらみに話は、出来ません、もしかして、彼女が、彼女の親が、友達が、と思う心が走ります、国を変えると思う事の難しさが、ここに有ると思います、スパイです}
朝までごろ寝、朝9時起床、{おーい起きろ}久々に日本酒を飲みました、みんな、頭が痛いと大騒ぎ、この頃の日本酒には、暴風材が入っていました、頭ががんがんします、久々に、お酒を飲んでの、頭の痛さを感じました、ふっと、この時日本の事を思い出しました。ハイデーが、もうお酒は飲まないと、怒っていました、みんなぶつぶつと、{元気だしてもうすぐクリスマス、パー券俺が買っておくよ}{ゴウリキ}{そうだよ}{コーヒー入れて}{モニカ、コーヒー入れて}{解った}みんな元気になって、クリスマスに着て行く服に話で、大騒ぎ、ハイデーは、赤い靴はいて行く、クリスマスの為の靴なんだ、5時にレストランで待ち合わせ、{5時にしよう}{解った5時だね}クリスマスは5時に,ゴウリキでパーテー、初めての外国での、クリスマス、なんだかうきうき、子供に返った感じ、こんな気持ちには、日本では、なれない、きっと気持ちが10代に戻ったのだろう、今日も楽しい一日でした、{ハイデー帰る}
{帰る}{ゴウリキでご飯食べて帰るよ}ゴウリキでの食事はステーキで5Mそのころの日本円で150円程度です、ステーキを頼み、クリスマスの事を、ウエートレスに聞いたところ、予約してくださいとの、事で八人分の予約をしました、別にお金は取られませんでした、
いつも同じティーブルに座りますので、同じ係の人が来ます、お金を払うとき、レジーは、有りません、ウエートレスの方が、エプロンより財布を取り出し、会計をします、かならずチップを払います、彼女に取っては良い客です、今日のお金は17Mです、1000円です、けっこう、ぜいたくは、食事です、いつものとうりに、家まで送り、帰ります、{おやすみ、ゴウリキでね}
ふだんは、どんな生活をしているのか、
キャンプより現場までは、500Mです、朝8時に現場に入り、17時に帰ります、仕事の仲間は、地元人と一緒にします、仕事前に売店に入り、コーヒー。ソーセイジ。パン、を頼み、朝食を取ります、お昼はキャンプの食堂で、学校の給食と同じです、毎日のメニューが決まっております、私は、スープが好きです。赤い色のスープです、スープの中に堅いパンをちぎり投げ込みます、これがとても美味しい、仕事が終わり、帰りは10分ほどで、居酒屋、ビールです、ジョッキーはせと物で、淵が懸けており、飲にづらい、ジョッキーです、なんせ、金のない国ですから、グラスも買えません、仕事の話ですが、東ドイツの人に、仕事のやり方を教えてくれと、頼まれましたので、メンテナスの為にブリキの加工方法を、教える事にしました、けっこう器用なので、ビックリしました、ふだんですと、日本人の3分の一ほどの、スピードですが、一週間ほど講習をし、教えましたら、たちまち早く、作れるようになりました、もう教える事が無いので、東ドイツの人に、これからは、早く、作れるねと訪ねましたら、なぜ早く作るんだと、聞かれ参りました,返事の使用が有りません w)貴方なら、なんと話しますか、別に遅くとも、みんな遅い人にあわせます、頑張っても出世は、しません、早く造る必要は無いんです、私の暮す市では、市役所の職員として、絶対に守らなければ、いけない三原則、遅刻はするな。欠勤はするな、仕事はするな、この三原則を破ったら、市役所勤務は無理と市役所に勤める友達が、行っておりました、東ドイツの人と同じです、解ります、みんなで頑張れば、誰かがやめる事になります、全く同じです、助け合いの精神です、日本ではお金は働き蜂が持ってきます、でも東ドイツでは、持ってくる人がおりません、国は衰退します、日本でも衰退した町有りますね、悪循環です、偉い人は、国境を超える事が出来リッチ生活が出来ます、家族親戚は、良い地位に着き心配有りません、何となく日本の公務員と似てますね、そんな国です
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