天使と俺のシンクロ
カテゴリ、キーワード 恋愛小説  シリアス  著作者:shizuku(mixiアドレス)   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
退院して間もない主人公の元に届けられた一通のメールが天使との出会い
天使と俺のシンクロ
退院して一時間も満たない俺は普段1日の殆どの時間接するパソコンを起動させた。
入院生活は僅かだったが何ヶ月も触れていない気になった。
皆に「お前はパソコン依存症だ」と言われても「違う」と言い張っていた俺だが本当はそうなのかもしれないと実
感できた退院記念日だ。
…それにしても俺のパソコンは起動の時間がかかりすぎていると思う。
余分なアプリケーションは消しているし、必要なファイルもファイルを預かってくれるサイトを利用しているから
デスクトップにはごみ箱といくつかのソフトしかない。
常に電源はオンのままにさせている俺には起動の時間なんて然程関係ないのだが。
プライベート用のユーザーIDをクリックしパスワード『xoxoxo』を入力。
パスワードの意味はほろ苦い青春の日々を振り返ってみれば把握できるもの。
学生時代、隣の席の女の子からの手紙の最後に書かれたその文字。
手紙の内容は日常的なものであった他記憶にない。
どこかに閉まっておいたはずだが探す気力もない。
当時の俺は直接意味を聞くまで難問の暗号でしかなかった。
暗号の正確な綴りは『×○×○×○』だそうだ。
手紙が好きな女子高生、女子高生だった人ならお分かりだろうか、直訳すると『キス、ハグ、キス、ハグ、キス、
ハグ』。
友達の女子に意味を聞き赤面した。
自分の部屋で悩んだとも。
彼女の気持ちに応えるか否か。
こんな俺のことを彼女は好きでいてくれているのか、とか直接的な言い方では恥ずかしいからと暗号を使ってシャ
イで可愛い子だな、とか。考えていくごとに彼女のことが好きになっていた。
そして次の日、手紙の主に告白の意味か、と問うと返事はNO。
手紙でのスキンシップの意だと答えた。
赤面どころじゃない、正に顔から火が出る寸前だった。
以後彼女との関係はただのクラスメート。
それ以上の発展はなかった。
俺の想いも自然消滅してくれた。
パソコンの起動準備も完了したようだし恥ずかしい思い出は放置しておこう。
パソコンの電源をつけまずすることはメールのチェック。
その後は自分のホームページの管理、やソーシャルネットワーキングサイトの更新をするという日課。
ネット友達の居ない俺には全くと言っていい程メールは来ないのだが…今日は違うようだ。
『一件の電子メールを受信しました。』
機械音と共に画面に出てきた文字。
ホームページのクレームメールか、それとも業者からの迷惑メールか、受信メールを開く。
『xxx@death.jp』
death.jpって…今はそんなサーバーができる時代なのか……
『初めまして、私は天界に住んでいた天使です。
律儀に挨拶している場合じゃないので用件をまず言わせてもらいます。
私は犯してもいない罪で魔界に送検されてしまいました。
私の世界には弁護士がいません、裁判もありません。
だから助けて欲しいのです。
お願いです、話だけでも聞いてください。
助けてください…』
俺は一行読むごとに疑問と笑いがこみ上げてきた。
天界や天使って名前なのかな。
送検って警察に送られることじゃなかったかな。
魔界って遊園地でもあるのかな。
メルヘンの世界には裁判は付き物だった記憶があるけど。
その前に天使は日本語がわかるのか、翻訳ソフトでも使っているのか。
様々な難問を空中に箇条書きしていたが俺は飽きやすい人間のようだ。
そんなことよりもこのメールをどう捉えるか。
流行の迷惑メールとは違う気がする。
かと言って真実だとも…いや、百歩、千歩譲って天使からのメールだとしよう、俺は返信するか?話を聞くだけな
らば天使でも人間でもいい気がする。
何故なら俺にはメール友達もいないメールボックスが寂しい奴だから。
この天使が新手の「サクラ」であっても、俺のメールアドレスがインターネット上に晒されてもフリーメールで新
しいアドレスを作ればいい。
ウィルスを撒き散らす厄介者ならば初回メールから送ってくるだろうし、たかがメールのやりとりだ。
『初めまして、天使様。
地上にいる僕は天使様を助けることができるかわかりません。
けれどお話くらいなら聞くことができます。』
短い文章を打ち送信ボタンをクリックする。
正直、自分が何をしているかがわからない。
眠気のせいかと俺はスクリーンに「送信完了しました」と出ているノートパソコンをそのままにしてベッドに入っ
た。

今はブログというインターネット上での日記のようなものが流行りだ。
気軽に日記を付けれて、その日記を読んだ訪問者がコメントを書いてくれる。
パソコンが苦手、初心者という人でも簡単にできるホームページと言うべきか。
俺はブログが嫌いだ。
違う、ブームが嫌いなんだ。
今年はピンクのセーターが流行ると言われれば黒いセーターを着る。
携帯のモデルも人気なものは買わない。
人とお揃いが気に喰わない。
だから俺はホームページを作っている。
まぁ、HTMLタグは得意だし、自分なりの、自分だけのオリジナルなページを作って人に褒められるのがこの上
ない快感となっている。
昨夜はメールチェックだけで眠ってしまったからと目覚めてすぐにホームページ管理に取り掛かる。
掲示板にはいくつか新しい書き込みがあったがどれも返事を書く必要のないものだった。
俺が作ったホームページ素材を借りました、という報告の書き込み。
そして知能レベルの低い荒らし的書き込み。
掲示板での管理人としての仕事は質問に解答することと荒らし対策を練ること。
詳しいことは専門用語も使って説明しなくてはいけないから省くが。
他にもあれやこれやと作業をしていたら起床してから早3時間経っていた。
動いていないこともあり空腹ではないので食事を抜きソーシャル・ネットワーキングサイトの更新へ。
と言ってもこちらもこれと言った管理はする必要がなかった。
知人が言っていたことだが、現実世界で人とのコミュニケーションが苦手な人間は顔を合わせないインターネット
の中でも友達を作るのは難しいらしい。
何故なら姿は見えなくても相手は人間だから。
もしインターネットの中では友達がたくさんいると主張する人がいるなら、その人は実は社交的だけれどもそれを
現実世界で発揮できないのか、姿の見えない相手を人間だと思っていないのかということになる。
俺はどっちなんだろうな…
物思いに更けながら俺はメールを起動させる。
『一通の電子メールを受信しました。』
もしかしたら昨夜の返信か?俺は何故かわからないけれど期待していた。
『お返事ありがとうございます。天使です。
貴方に話を聞いてもらえて私は幸せです。
それではお話しましょう。
先日のことでした、・・・


長々と綴られた天使からのメール。要約するに、天界の動物を殺した張本人の堕天使にその動物の血を服に付けら
れ、犯人に間違えられ動物殺害の罪で逮捕されたようだ。
天界で一人散歩を楽しんでいる所に堕天使が急いで走っているのを見つけた天使は声をかけ、その際に血をつけら
れたとか。
簡単に言えば犯人の堕天使に騙されて捕まったようだ。
そこらに転がっているネタでもなく面白い話ではある。
オカルトにしては意味のなく、疑うにしてもどこから疑っていいのやら。
メルヘンな世界に吸い込まれるように俺は返事を打った。

数日が経った。天使とは1日1通メールのやり取りをした。
フリーター、アルバイトは全て自宅パソコンを使った仕事ということもあり相手の返事次第ではもっとたくさんの
メールができただろう。
そんな期待を抱いていたが天使は必ず朝メールを送信してきた。
返事を5分以内に打っても次に返ってくるのは次の日の朝。
きっと魔界の門番か何かに見張られてるのかなと俺は思っている。
が、意外な展開とも言えるメールが受信されたのは10分程前のことである。
いつも通りのアドレスで、いつもと同じ受信時間。
いつも未記入の件名は「会いたい」だった。
まるで長い間会っていない恋人に対するタイトルだ…

『おはようございます、天使です。
私の話をこんなにも長く聞いてくださりありがとうございました。
と言いますのも堕天使が捕まったそうなのです!
私は早くて今日のお昼には釈放されます。
もし良ければ午後、私に会ってくれませんか?
今までのお礼がしたいのです。
そしてもう一度貴方の顔が見たいのです。
私は○○病院の屋上で待っています。』
いつもより短な文章は初回メールを見た時並の意味不明なものだった。
天使からのメールが来る度に己の読解力を最大限に使っていたのだが。
まず釈放されることは心から喜ぼう。
魔界・天界に午前午後があるということも理解しよう。
会う?しかもこの病院は先日俺が入院していた所だ。
確か屋上は入院患者が安らげるようにとテラスになっていた。
その病院で俺に会いたい…?
午後まではまだ時間があるが天使に何時に病院に行くとメールを打っても天使は読むことができないだろう。
引っかかる点はもう一つ、『もう一度貴方の顔が見たい』だ。
前にも会ったことがある……?
そんなことはどうでもいいのかもしれない。
さぁ支度を始めよう。
何故なら今の俺には『会わない』という選択肢はないから。
無意識のうちに天使に惹かれていたからか。

自宅から病院までの距離は遠くはなく昼前には到着する予定だったが、今日が祝日ということもあり渋滞が酷かっ
た。
もうすぐ正午だというのにもう少し時間がかかる模様。
進まない前の車を苛つきながら眺める俺。
天使のことを考え頭を抱える。
綺麗な羽衣でも纏っているのだろうか、真っ白で大きな羽は実在するのだろうか、釈放されたばかりだから疲れて
はいないだろうか。
可愛いのだろうか、綺麗なのだろうか、芸術作品のような姿なのか…
嗚呼、これはメール友達に初めて会う時の気分に似ているのかな。
恋心を抱いた相手に会う時のような。
天使のことを考えていたらいつの間にか病院に着いていた。
時間も結構かかったと思っていたが丁度正午。
高鳴る鼓動を抑えようとゆっくりゆっくり上へと向かう。
エレベーターには乗らず、階段で。リハビリに苦悩する患者の横を通り、久々に会う看護士に会釈をし、螺旋にも
似た階段を上って行く。
あと5階…あと4階…屋上からの光が見えてきた。
3階…2階…見える扉は輝いている。
1階…あと少しでその大きな扉を開くことができる。
ノブに手を伸ばす。
掴めたと確認すれば回し、求めていた外の世界に出る。
あまりの眩しさに目を閉じてしまったが、天から祝福を受けるように暖かく気持ちの良い風が吹いた。
「…こんなに早く、来てくださるとは思いませんでした。」
「天使…様…?」
声の主を確認するために目を開ける。視界の先には誰も居なかった。
声がした方、つまり視点を下げれば女の子がいた。
「はいっ…。こんにちは、初めまして、そしてお久しぶりです。」
その子の笑みはまるで天使のようだった、しかし天使ではない。人間だ。
「ぁ…こんにちは。君は…?」
「私は…咲と言います。…えっと、宜しければ私の部屋に来てください。」

案内された場所は俺がお世話になった部屋の近くで、入院生活中も引きこもっていた俺だったが当たり前に廊下に
見覚えがあった。
「どうぞ、何もない部屋ですが…」
「ぁ、いえ。お構いなく」
殺風景な病室。
ベッド、カーテン、机、床、天井、花瓶の百合の花…
見渡す限り白色の部屋。
病室らしい病室というべきか。
俺が入院していたときの部屋は看護士も医者もその部屋に驚いていたっけ。
24時間激しい音楽が流れ、俺が暴れた後なんかは折角貰った花もお気に入りのMDも大好きなブランドの服も散
らばっていた。
咲と名乗った彼女は見た目も可愛らしく大人しそうな子だから当たり前の差か。
天使がベッドに腰掛けたのを見て、部屋をぐるりと一周回った。
カーテンは閉めたまま、窓だけ開けた。
「…パソコン、どこで触ってたんだ?」
しんとした二人だけの空間に苦しくなった俺はふと頭を横切った質問をしてみた。
「一日に一回、仲の良い看護士さんに貸してもらっていました。
この部屋にはテレビも置いていないので…ニュースや情報をそれでちょっとだけ見て…」
「なるほど。…それで、咲ちゃん?話は…いや、とりあえず無罪確定おめでとう」
シリアスな話よりも笑顔で釈放を喜んであげようと思ったのは、天使が申し訳なさそうな顔をしていたから。
手をぎゅっと握りしめて今にも溢してしまいそうな涙を堪えていた。
窓の近くでつっ立ってた俺は慌てて天使の近くに寄る。
「そんな…あなたは私のことをもっと疑うべきです。
いえ、あなたは最初から私が天使ではないって気付いていた、それでも優しすぎるあなたは私なんかと連絡を…
そうでせぅ?
きっと初めてのメールの時は私のことをあざ笑ったでせぅ、でも天使の悲痛な叫びに優しいあなたは…
何度にも及んだメール交換の間も、架空の天使にメールを送るように文章を綴ったのでせぅ?
今日だって、天使と名乗るヒトに会いに来たのでせぅ…?」
「それは違う。
確かにあの日、メールを受信したときは疑った。
でもそれ以降は、天使様を信じてメールを打った。
そして今日も、天使様に会うつもりでこの病院に来た。事実だよ?」
「…あなたは私の憧れでした。
毎日あなたの部屋から聞えてくるロックの音楽。
あなたの叫び声。自分を表現できるあなたのこと、いつも尊敬していました。
毎日、あなたのことを考えていました。
一度だけ、あなたに会うことができました。
貴方が退院した日。
その日、看護士の目を盗んで貴方のカルテをちょっとだけ見せてもらいました。
そしてメールアドレスを…本当にすみませんでした…」
嗚呼、ついに泣き出してしまった。
こんな時どうしてやればいいのか俺にはわからない。
でも机の上に置いてあった精神安定剤を見て飲むことを勧める。
水で薬を飲み干した天使は時間をかけて呼吸を落ち着かせていった。
「大丈夫…?何か俺にしてほしいこと、ある?」
「………」
首よ横に振ったが、何かを口にしようとしていたことを俺が見逃すはずがない。
「…ちゃんと言わなきゃ後悔するぞ?」
「ぁ…だ、抱き締めてくださぃ…」
「ぇ…わかった」
思いもよらない頼みごとに戸惑いを見せてしまったが泣き止もうと努力している天使を優しく抱き締めた。
10分くらい過ぎたのだろうか、呼吸が整い俺に持たれかけてきた天使の頬にそっとキスをした。
母親が子供にするようなキス。
天使はぽかんとした表情を見せたがすぐに頬を赤らめ顔を伏せてしまった。
なんだか可愛くて、面白くて思わずくすっと笑ってしまった。
「…酷い……」
「あははっ、ごめんごめん。なんか咲ちゃんって妹みたい」
「ぇ…あなたは、お姉ちゃんみたい…」
胸が締め付けられた。
お姉ちゃんという響き。
きっと天使は俺の何もかもを知っているんだ。
俺が障害…性同一性障害ってことも、入院していた理由が精神的なものが原因ということも。
俺よりも、俺を知っているんだ。
そして俺も、何故かわからないけれど天使のことを知っているんだ、天使の考えていることがわかるんだ。
きっと俺と天使は似ているんだ。
「俺の、天使様…」
「そんな、あなたが私の天使です。あなたに、天使に会いたくて、私は追放された天使を演じていた」
「そんなことはいいんだ。天使様…咲ちゃん、俺を慰めて…」
「はぃ…」
天使の膝に頭を乗せ、薬のお陰か微笑みを絶やさない天使に頭を撫でてもらう。
「あのね…今日、私、やっと一人になれたんです」
喋りだす天使を見上げ、にこっと微笑んでみせた。
俺はその意味がすぐにわかったから。
きっと一般人にはわからない会話。
「…おめでとう、天使様。これからは、俺が一緒にいるよ。俺と天使様、二人だけ」

窓から入る気持ちの良い風と、天使の温もりを感じながら俺はデウスに誓った。
そして、今日の出来事を最後に俺はインターネットの中から消えよう。
サヨナラ、今まで俺のホームページに通ってくれた皆様ありがとう。
俺自身のことを、天使のことを応援してくれた皆様ありがとう。
俺は天使と生きる。



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