活字中毒の男 2
カテゴリ、キーワード ホラー小説 男主人公  全5話 総文字数約13000字
著作者:桃色満月   著作者の作品一覧へ   ホームへ


[あらすじ]
恋人に無理やり連れられてきたのは占いの館。未来を予言する謎めいた言葉を占い師に言われてから人生が変わってしまった男の物語。
活字中毒の男 2
俺は深く短い眠りから目が覚めて、すこぶる気分が良かった。熟睡とは質だと改めて知った気がする。
 リビングへ行くと2人の子供は昼寝をしており妻は真剣な顔をして、あの紙の山を一枚づつ読んでいた。俺が隣に座るまで気づかないくらい熱中して読んでいた。
「あ……あなた。起きたのね。何か食べる?」
 紙から目を離さず聞いた。
「ああ。腹が減ったよ」
 妻は続きを読みたそうに未練いっぱいな様子で立ち上がるとキッチンへ向かった。5分も経たないうちに目の前に、ご飯と味噌汁、玉子焼きに肉じゃがが並べられた。
「残り物だけど」
 少しだけ悲しげに首をかしげていた。
「いいよ。なんでも」
 俺が食べ始めると妻はまた貪る様に読み始めた。
「なぁ……何が書いてあるんだ?」
「これ、小説よ」
 小説?
 今までそんなもの一度だって書いたことはない。しかも、読書は苦手な部類だ。その俺が小説を書いただって?それにどちらかと言えば妻の方がよく本を読んでいるくらいだ。妻がかくなら分かるが、俺が小説なんて……。意外な返事に戸惑った。
「面白いのか?」
「面白いわ。とても。すごいわ」
 それから1時間後、一気に読み終えて背伸びをすると俺にこう言った。
「これ、投稿してみない?」
「はぁ?!」
「賞取れるかもよ」
 嘘だろ。そんな簡単に取れやしないだろう。呆れた顔をして妻を見つめていた。
「いいわ。私が清書して投稿しておいてあげる」
 楽しみが一つ増えたような満面の笑みだった。

 投稿なんてしていた事などすっかり忘れて1ヶ月が過ぎた。職場復帰もし、また以前のようにバリバリ働いていた。
 ――そう、俺が働かなきゃ誰が働く。
 時折、呪文のように頭の中に湧いてくる言葉だ。
 身体の調子もいい。

 あの時の奇妙な体験も頭の片隅に追いやられてしまっていた。
 残業して夜遅く帰宅すると妻がが玄関にすっ飛んできた。
「ただいま」
 驚いて間抜けな声になってしまった。
「あなた、これ」
 差し出されたのは1通の封筒だった。出版社からだった。しかも誰でも知っている大手の出版社だ。
 何で?
「読んでみて」
 急かす様に言うので疲れた頭でしぶしぶ目を通し始めた。





このたびは、当社の 第12回 新人大賞 に投稿有難うございました。
今回、厳密な審査の結果、あなたの作品が最優秀賞に決定いたしました。
よって、授賞式のご連絡です。



え?何?
サイユウシュウショウって?
「あなた、退院した日に書いた小説、私が投稿したの。思い出してよ。ねぇ」
 興奮した妻は俺の身体を大きく揺さぶっていた。



ああ。


ああ。思い出した!


あの出来事。


 だからと言って、あれは俺の力でもなんでもない。ただ、降って来る文字を拾っただけなのだ。なのに、こんなことになるなんて。
「あなた、凄い!作家よ」
 妻は浮かれて俺の動揺に気づきもしない。勝手にいろいろ想像を膨らませてキャアキャアと騒いでいるウルサイ女子高生みたいだ。だんだん、そんな姿に苛立って来た。
「あれは俺が書いたんじゃない!勝手に降って来たんだ!作家デビューしたって次の作品なんて書けやしない!」
 声を荒げて吐きった俺を見て妻は目をまんまるにして酷く驚いた様子だった。
「あなた……ごめんなさい」

 はしゃいでいいたのがピタリと止まって一瞬空気がピンと張りつめた。

「浮かれる気持ちも分からなくは無いけど、ちょっと混乱しているんだ」

「勝手に浮かれて悪かったわ。 でも、いいじゃない。 1冊だけだって。 別に無理して作家になることなんてないんだから」

 そうだ、別に作家にならなくたっていいのだ。



 授賞式は日曜日だった為、会社は休まなくて済んでほっとしていた。面倒な説明を会社にしなくても済むし。それくらい馬鹿な俺は何も考えていなかった。そう、自分で書いた小説すら読んでいなかった。
 内容なんて知らない。もともと読書なんてあまりしない。
 最優秀賞にはガラスで出来たトロフィーと賞金100万が授与された。賞金がもらえるとは思わなかった。思わぬ臨時収入だった。そして、これがニュースで流れる事も全く知らなかった。俺はコメントも何も考えていなかった。

「受賞して今のお気持ちは?」
「はぁ、まぁ、うれしいです」

 歯切れの悪い受け答えをし始める。

「平野利夫さんの文章は完璧だった事が報じられていますが、今まで何度か投稿されたのですか?」

 え?そうなのか。知らなかった。

「いえ。初めてです。今回初めて小説を書きました」

 会場から溜息の様な声がところどころで漏れる。
「想像もつかないストーリー展開ですが、構想にかなり時間はかかりましたか?」
「……いえ。あの、降って来るんです」
「降って来るとは? 天からですか?」
 記者達に笑いが漏れる。
「そうです」

 会場の視線は一斉に天井に集まって、どっと笑いが起こりそれはなかなか静まらなかった。



 今思えば恥ずかしくなるような事を堂々とよく言えたものだと思う。聞かれるがままに、ひょうひょうと答えていた。そんな態度が悪かったのか、作家達からは冷ややかな目で見られた。
 マスコミには『前世はモーツアルトか?天才作家の誕生』『これがイタコ作家だ!』などと面白おかしく書き立てられた。ワイドショーにも数回だが登場してしまった。人生の大いなる汚点だ。
 会社では一躍有名人になり、休憩時間に知らない部署の人が俺の本を持ってサインをねだりに来るほどだ。
 早速、俺に担当というものが付いて次作の話になったが、本当にいつ出来るかわからない、とごり押しして納得してもらった。この態度も生意気だと思うが、仕方ないのだ。多分、俺自身半泣き状態になっていたと思う。情けない。
 だけど、仕方ないじゃないか。本当のことなのだから。いくら予想以上に本の売れ行きがいいからと言って、俺には次のアイディアも、資料を渡されたからと言っても書けるだけの技術も何も持っていないのだから。

 あれは自分の力ではなかったのだから。
 俺は、なるべく今までのように仕事に没頭しようとした。


前へ | 次へ

著作者:桃色満月   
著作者の作品一覧へ    作品の著作権は著作者にあります。無断転載は厳禁です。


  
ホーム>オンライン小説,ネット小説,ウェブ小説,ライトノベル総合の投稿小説空間へ