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[あらすじ] いい奴と思われている主人公とその友人の話その2
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いい奴U
「つまり俺の言いたいのは君達の意見が果たして正しいかどうかと言うことだ。確かに水口君の言うとおり大きく改善すべきところは多々ある。が、改善すべき点がハッキリ判らない現状では……」
部室の中央で岩淵が相変わらずの論理を繰り返していた。それをつまらなそうに聞きながら、俺の隣に座る吉井が、耳の中に指を入れて口を尖らせる。
「で、結局何が言いたいの、岩淵は?」 「さあ?」 「改善すべきはお前の性格だって、誰か言ってやれよ」 「お前が言えば?」 「やだよアイツとなんて話すの」
そう言った吉井は本当に嫌そうな顔をして岩淵を睨み付けた。
「俺がいつかアイツを殴っても止めるなよ」 「遠くから応援してる」 「大城、お前いつもそうやって逃げるのな」 「争い事は嫌いです、ハイ」
吉井は一瞬何か言いたそうな表情を作ったが、息を吐いて口を閉ざし、結局そのまま席を離れてしまった。それを目で追いかけながら俺も溜息を吐く。どうせ吉井だって真っ向勝負なんか出来ないのは判っている。せいぜいこうして陰でブチブチというのが関の山で、それを知っている俺もまともに受けはしない。
帰りのバスの中、岩淵は未だ熱が冷めやらぬ様子で、独演を繰り返していた。俺は“なるほど”と返事をしながら別なことを考える。岩淵の論理なんて話半分でも十分事は足りるから問題ない。
「……ということで、次回は俺の書いた『奮迅』をやる」 「やるって言われても、みんなの意見も訊いてみないと」 「お前、部長だろう? 部長の権限で公演作品を決めても何の問題ないし、それに演劇部の質を向上させる為の変更なんだから、誰も文句は言うわけがない」 「考えておくよ」 「考えている時間なんてないぜ。文化祭まであとひと月しかないんだから」
俺は“そうだな”と答えて窓の外に視線を移した。岩淵とまともに相手をするのは、いつもながら疲れ果てる。俺が一番不思議なのは、コイツが全てにおいて“断言”することだ。語尾に“と思う”なんて付けることはまず無いし、自分の意見は全て正論であり、自分が思うことは全員の意見であるような話し方に、何故そこまで自信が持てるのか、驚くやら羨ましいやら。反論する気力さえ失わせるのは、もしかしたらコイツの作戦なのだろうか。
「『奮迅』は俺の書いた脚本の中では一番の出来だし、評判も良かったから、あれをやったら間違いなく演劇部の評価は上がる。問題は長さだけど、それは俺が文化祭用に手直しする予定だし、登場人物も少し増やして……」
突然、岩淵の声が止んだ。俺は何事かとヤツを見ると、バス前方に岩淵の視線が釘付けで、ついでに動きも停止していた。その視線を追いかけて俺も眺めれば、ちょうど到着した停留所から川合佳乃が乗り込んでくるところだった。
「あ、淳ちゃん発見!」
ニコニコと人懐っこい笑顔で、定期券を仕舞いながら佳乃が近付いてくる。幼馴染みの親しさで、彼女はまるで子犬のような表情をして俺の目の前に立つと、手にした袋を見せつけた。
「昨日開店したあの店、行ってきたの」 「洋服屋?」 「うん。ちょっと可愛いのがあって、思わず買っちゃった」 「お前、無駄遣いしすぎるって、オバサン怒ってたぜ」 「あー、母さんってば、淳ちゃんまで文句言ってるし」
口を膨らませた表情は確かに可愛らしいし、見目も良かったので、佳乃はかなり男子生徒に人気があった。俺は一緒に風呂に入ったような仲で、今更どういう感情も持てないけれど、同じクラスの奴らからは紹介しろと何度も要求されたものだ。
「今帰りなの?」 「うん、部活で」 「ふぅん、相変わらず頑張るね」 「大城は部長なんだから、頑張るのは当たり前だよ」
その時、岩淵が何やらいつもより半オクターブほど高い、猫撫で声で口を挟んだ。そんな岩淵に佳乃は社交辞令的な微笑みを見せて「そうだよねー」と返事をする。
「川合さんは部活入ってないんだっけ?」 「うん。ピアノを習ってるからそっちの方が忙しくて。実は音大目指してたりなんかしちゃったりするから……」
そう言いながら、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ佳乃を、岩淵が眩しそうに見返している。その表情を見て、“ブルータス、お前もか”と言いたくなった俺だが、素知らぬ顔で話を繋いだ。
「佳乃はちゃんとピアノ続いてるんだよなぁ」 「淳ちゃんは1ヶ月でリタイアしたけどね」
少々意地悪な表情を浮かべた佳乃は、岩淵につまらないことを説明し始めた。
「私と淳ちゃん、幼稚園の時に一緒にピアノを習い始めたんだけど、淳ちゃんったらすぐに止めちゃったの」 「途中放棄か」 「人聞き悪いこというな。向いてなかったと言ってくれ、向いてなかったと」 「じゃあ、習字も英語も向いてなかったんだね」 「うっ……」
言葉に詰まった俺を佳乃は明るく笑い飛ばした。
「そんなことより、この間貸した“ライナーズ”のCD、返してよ。菜々美に貸すって約束してるんだから」 「あ、悪い」
首を竦めて謝った俺は、ふと岩淵の視線を感じてチラリと見る。ヤツの何か言いたそうな視線に、俺はハッと気が付いた。なるほど、そう言うことだったのか。数日前、ライナーズのコンサートチケットを手に入れたから一緒に行かないかと、ヤツらしからぬ誘いを受けて、内心驚いていたが、今初めて納得した。その日は婆ちゃんの法事がある日だと前々からヤツに言っていたはずなのに、何で今更そんなことを言ってきたのか。その上、此奴と二人で出かけたこともないし、俺もコイツもライナーズのファンでもないというのに。案外姑息なヤツなわけだ。んじゃ、君のそのささやかな夢を応援してやりますか。
「そういえばさ、岩淵、お前ライナーズのチケットを持ってるって言ってたよな?」 「あ、ああ」
途端に明るくなったヤツの表情に、“意外と分かりやすいところもあるんだな”と妙な感想を持ちつつ、佳乃を見た。
「佳乃、行ってやれば? まだ一緒に行く相手、いないらしいから」 「わ、私が?!」 「ライナーズ見に行きたいって、前から言ってただろ?」 「そ、そうだけど……、でも岩淵君が迷惑じゃ……」 「迷惑なんて事はないですよ。逆に一緒に行く相手が見つかって、嬉しいぐらいです」
何か言葉遣いが妙に丁寧だな、岩淵君よ。
「そ、そう? じゃ、じゃあちょっと考えても良いかな。いつ?」 「来週の日曜」 「予定がないようだったら……」 「ええ、お願いします」
青春だね、岩淵君。日頃のウンチクの陰すら見せないし。まあ、俺としても君の期待に応えられて嬉しいよ。
バスが停留所に止まる。岩淵はハッと窓の外を眺め、慌てて鞄を掴むと「じゃあ、そういうことで!」と叫びながら降りていった。その取り乱している様子に苦笑いを浮かべていると、いつの間にか隣に座っていた佳乃が制服を引っ張った。
「私、岩淵君、あまり知らないんだけど……」 「そうだっけ?」 「同じクラスになったこともん。たまに朝とか、すれ違った時に挨拶するぐらい」 「挨拶する仲なんだから、知らないってわけでもないだろ?」 「そ、そうだけど……。淳ちゃんとは仲が良いんだっけ?」
俺はちょっと返事に困った素振りを見せた。
「そうでもないんだ」 「仲が良いと思うよ、多分」 「多分?」 「時々ムカつく時があるからね。なんっていうか、岩淵って回りくどいと言うか、理屈っぽいって言うか」 「あ、もしかしたら難しいこととか一杯喋る人?!」
佳乃は如何にも嫌そうな表情を作って、俺をじっと見た。
「時々だよ、時々。人と話すのが苦手っぽいところもあるし。自分に自信があるから、誤解を受ける時も……」 「自信家なの?!」 「そうだなぁ、まあ、ちょっとそう言うところはあるかも。人の意見とかあまり……」 「聞かないの?」 「あー、うん」
視線を逸らして誤魔化してみる。が、佳乃の不安そうな表情が目の端に映って、ちょっと面白かった。
「人の意見を聞かない人って、アレよね」 「アレ?」 「ほら、なんて言うか……」 「話してて疲れる?」 「そうそう、そんな感じ!」
俺の言葉に佳乃は納得したように小さく頷いた。
「一緒にコンサート行って、大丈夫かな、私」 「案外、ライナーズオタクだったりして」 「えーそれって嫌かも」 「で、色々と説明されたりして……」 「うわっ、それ絶対に嫌。盛り上がってるところで解説とかされたりしたら」 「岩淵は結構、そういうところがあるかも」
俺の言葉に、佳乃はムッと口を尖らせて少し考えていたが、やがて、
「やっぱ、私、断る」 「アイツ、嬉しそうだったのに、可哀想だな」 「だって理屈っぽくて自信過剰の人とか、一緒にいても楽しくなさそう」 「そうと決まったわけじゃないけどね。まあ、佳乃が決めたことなら別に止めはしないよ」
俺はそう言いつつクスッと笑ったが、多分佳乃には聞こえなかっただろう。
次の日、教室にいた吉井を捕まえて、俺は昨日岩淵が話していたことを報告した。
「え、『奮迅』をやるって、岩淵の野郎が言ってるのか?」 「うん、そうらしい」 「お前、それ認めたの?」 「みんなに訊いてみると言っておいた」
むくれ顔になった吉井は、相当に腹を立てたらしい。
「ってか、何でアイツに決める権限があるわけ?」 「うーん、さあ?」 「いつもながら身勝手なヤツだな」 「でもさ、『奮迅』って面白いと思うよ、俺は。やってみたら案外、大成功だったりして」
まあ、一応、岩淵君のフォローをしておきますか、一応だけどな。
「そりゃそうだけどさ……」 「まあ、言っている事が正しくても、賛同したくないってことはあるかもね」 「そうそう、それだよ。ヤツの作品でなんて絶対演技したくない、アイツの鼻がこれ以上高くなったら、俺は絶対に演劇部を辞めてやる」 「吉井に辞められると困るよ。お前の演技は最高だし、俺好きだから」 「だけど、岩淵が……」
そう、ネックは岩淵一人。ヤツがいるお陰で演劇部の不調和音は日に日に酷くなっていく。
「岩淵がもっと色々と気を使ってくれると、部長としては嬉しいんだけどな」 「アイツにそんなことが出来るはずないぜ。俺、アイツの顔を見るだけでムカっとする」 「生理的に嫌いとか?」 「そう、それ。虫唾が走るってやつ。毎日毎日アイツの顔を見ているのは、もう我慢出来ないぜ」
岩淵君の評判も既に底辺にあるわけだね、良かった良かった。俺が孤軍奮闘してきた甲斐があるというもんだ。じゃあ、ここの辺で王手をかけますか。
「たとえばさ……岩淵がいなかったら……」 「え?」 「いや、仮の話。ほら、岩淵がいると他の奴らもやる気を無くすわけだし、いなかったらどうなるかなぁと」 「いなかったら、平和で活動的になるに決まってる!」
吉井は力を込めて断言すると、一瞬何やら考える素振りを見せた。
「そうか、あの野郎が消えればいいわけだ……」 「そう巧くいくかなぁ」 「部長のお前が退部させるって事、出来ない?」 「無理無理、絶対」 「そうかぁ……」
残念そうな表情の吉井を見て、俺は最後の一手を差し出す決意をした。
「あー、でも部員全員の意見がまとまれば……何とかなるかも……」 「マジ?」
途端、目を輝かせる吉井に俺は内心ほくそ笑んだ。
「うーん、よく判らないけど。いくら岩淵でも全員に“辞めて欲しい”と言われれば、居残る根性ないような……」 「そうか、その手があったか。んじゃ、俺、漆田とか山口とかに話をしてみる」 「悪いけど俺はその活動には参加出来ないぜ」 「何で?」 「部長の俺が言うと、まるで権力で止めさせたみたいだし。他の部員達の意見が揃ったというなら、最終判断は出来るだろうけどね」 「ああ、そうか」
吉井は納得してくれたようだった。
その日と次の日は、俺は部室には顔を出さなかった。用事があると伝言して早期帰宅。法事の件で頼まれ事とかあったのも確かだし、嘘はついてないから別にいいよな?
そして3日後の放課後、暗い顔をした岩淵が俺のところに現れた。
「大城、俺、演劇部辞める」 「マジ? 何で?」 「吉井達に辞めてくれって言われた」 「そうなんだ……」
岩淵は物欲しそうな顔で俺を見つめる。多分俺が引き留めるか、吉井達を説得してくれると期待しているんだろう。だが残念だな、岩淵君。俺は君を辞めさせる為に、今まで吉井達の気持ちを煽ってきたんだから、今更そんなことは出来るわけがない。
「でもさ、ちょうど良い機会かもよ」 「良い機会?」 「岩淵ってどっちかっていうと、脚本とか台本の方に才能があるし、この際、そっちの方面に進むことにしたら? 演劇部の活動をしていたら、時間が勿体ないような気がするけどな、俺」 「確かに俺はそちらの方面に行くつもりではいるけど、かといって演劇部を辞める理由にはならない」
相変わらず断言好きね、君は。
「俺だったら創作部に入るけどなぁ。まあ、どうしても岩淵が残りたいって言うなら吉井達に話すけど、創作部の方が岩淵には合ってる気がする」 「俺に合ってる?」 「気がするだけだけどね。残るかどうかは別として、とりあえず創作部の方を覗いてみれば? 部長の島田は知ってから話しておくよ」 「うーん」
島田君は両手を上げて歓迎してくれるだろう。なにしろ彼には、常日頃から岩淵君の素晴らしさを話して聞かせあるから大丈夫だ。入部してからトラブっても知ったこっちゃねぇ。
「考えてみてもいいと俺は思うなぁ」 「なるほど、大城がそう言うなら考えよう」
まだ迷っている様子の岩淵だが、来週には創作部にいることは間違いないなと俺は予測した。
「そうだ、川合さんには断られたよ……」 「え? 佳乃断っちゃったの? 俺は勧めたんだけど、用事でもあったのかな」 「ああ、出かける予定があるって言われたんだ」 「それは残念だったね」
力無く肩を落とす岩淵を見て、俺は同情した顔を作った。
残念だね、岩淵君。君の恋路を邪魔したのも俺なんだよ。佳乃は気付いていないと思うけど、君の印象を悪くする事なんて、ちょっとした表情とセリフ回しで十分だよ。俺は演劇部の部長だぜ?
君は理論や自信は沢山持っているけど処世術は最低だよね。友達少ないのも実は俺のせいだって気付いてないだろ? 頭でっかちじゃ世の中は通用しないんだよ。理論で歴史は動いていないだろ? 人の歴史は全て感情の上に成り立っているって知ってるかい? 正論を積み上げても“イケ好かない”という言葉で全てを否定される、それがこの世の中なんだ。
でも君とはずっと友人でいてやるから、心配するな。何たって俺は“いい奴”で通ってるからね。たとえ君を大嫌いで叩き潰したいと思っているとしても、いつまでも友達でいてやるよ。
そんなつまらない論理を心の中で呟きながら、俺は岩淵のそばを離れた。
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著作者:悠々 ホームへ
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